JTRAD 033

この曲の通称を「蘭蝶」という。蘭蝶は主人公の名である。数ある新内の曲の中で代表曲といってよい。新内の要素をすべて集めたという感じで構成され、魂をえぐるような哀切を極めた曲調は、新内の特質を最もよく表わしている。成立年代ははっきりないが、大体、安永の事(一七七二−一七八〇)だろうと言われる。
荒筋−声帯模写の芸人(宴席や寄席で、役者の身振りや声色を演ずる芸人)の市川屋蘭蝶は、お宮という女房をもちながら、遊女の此糸と深い関係にある。此糸は幼い時から廓で苦労した女だが、四谷の遊廓で蘭蝶と初めて逢って互に恋仲となった。今は格式のある吉原に住み替えて、榊屋抱えの遊女となっている。一方、蘭蝶の女房のお宮は、以前蘭蝶と共に高輪で同じ店の看板を借りて稼いでいた芸者(自前の通い芸人)であった。今では此糸に夢中の蘭蝶は、商売の声色にも身が入らない。お宮が芸者の身売りをして作った金も、蘭蝶は此糸へ入れ揚げてしまう。思い余ったお宮は此糸を訪れて、蘭蝶と切れてくれと頼む。それを立ち聞く蘭蝶はお宮を哀れとは思いながらも、お宮への義理から一人死のうと覚悟を決めた此糸と共に心中してしまう。
浄瑠璃/新内志賀大掾、三味線/新内仲三朗