JTRAD 031

天保七年(一八三六)七月、江戸市村座で上演された「世善知鳥相馬旧殿」の大詰に出された浄瑠璃所作事で、本名題を「忍夜恋曲者」という。常盤津の代表曲の一つとなっている。作詞は宝田寿助、作曲は四世岸沢武佐であった。話は、平将門が討伐された後日譚として作られている。
荒筋−下総の猿島にある将門の古御所へ、将門の遺族を探索に来た大宅太郎光圀は、古い御所の中で傾城姿の滝夜叉姫に出逢う。将門の忘れ形見である滝夜叉は、京島原の傾城如月と名告って、色仕掛けで光圀を味方につけようとする。ここのクドキが有名で、華やかな曲調の中に情趣あふれる趣きのある部分である。 さて、わざと打ち解けた光圀が思い出にことよせて語る将門討死の戦の場面は、勇壮で変化に富んだ節付けがなされているが、滝夜叉姫が思わず落涙したのを見咎めるところから、定石の廓話に入ってゆく。その廓話の所作のうち、滝夜叉が相馬錦の旗を落として見現し(所作事の場面で、お互に隠していた素性が現れること)となり、滝夜叉と光圀との立ち廻りとなる。全曲を通じて変化が多く、聞かせ所の多い曲である。芝居で上演されるときは、最後に古御所が倒壊してゆく、いわゆる「屋台崩し」の仕掛けなどがあって、この浄瑠璃に夢幻的な味わいを加えている。
浄瑠璃/常磐津駒太夫、三味線/常磐津文字兵衛